多くの人は「抗がん剤で完治できる」と思い込んでいる

 

「抗がん剤治療をしましょう」と医者が言うとき、多くの人と医者が思っている抗がん剤にはギャップがあります。

 

 多くの人は、「がんに抗あらがう薬」なんだから、抗菌薬が細菌を殺してくれるように、抗がん剤はがんを殺す、がんを治す薬だろうと思っています。100パーセントとは言わなくても、大部分のがんが消えてなくなるというイメージを持っている多くの人は多いものです。

 

 ところが医者にとってはというと、白血病や悪性リンパ腫などの血液のがんは別として、多くの場合、抗がん剤は延命効果を期待して使うものです。すなわち、抗がん剤治療を行う人は行わない人よりも、半年、3カ月、あるいは1カ月、命が延びるというエビデンスが出ているから、その延命効果を期待して抗がん剤を使う。完治をめざした治療ではなく、あくまでも延命治療。そこに大きなギャップがあります。

 

 では、「延命効果がある」とはどういうことかというと、がんが再発した多くの人を無作為に2つのグループに分けたとします。一方のグループには、ある抗がん剤を使い、もう一方のグループには症状を緩和する治療を行うのみで、抗がん剤は使わなかった。それぞれをたとえば300人ずつ追跡調査を行ったとして、抗がん剤を使ったグループでは統計学的に有意差を持って1カ月でも長く生きていたとしたら、その抗がん剤は「延命効果がある」「有効である」ということになります。

 たった1カ月だったら、抗がん剤治療を受けないほうがマシじゃないか──。

 

 そう考える人もたくさんいるでしょう。しかも「1カ月」と言ったのはたとえであって、1カ月とは限りません。たとえ1日でも有意に長生きするという結果が出れば、「延命効果がある」と判断されるわけです。こう言うと、ますます「そこに何の意味があるのか……」と思うかもしれませんね。

 

 「延命」の意味も、医者と多くの人の間には深い溝がある

 

 確かに、「延命効果がある」というのは、やらないよりは延命できる傾向があるけれど、確実に数年長生きできるという話ではありません。かつ、「統計学的に有意」という裏には、「95パーセントの信頼性」ということが隠されています。

 

 ちょっとわかりづらいでしょうか? 簡単にいえば、抗がん剤を使ったら95パーセント以上の人は延命できたけれど、5パーセント未満“例外”もあり得るということ。つまり、抗がん剤を使っても延命できなかったり、むしろ命が短くなったりした人が全体の5パーセント未満おられたとしても、95パーセント以上の人には延命効果がもたらされたのだから「有効」としましょう、というルールです。すなわち約20人に1人は例外となります。

 

 日常の診療のなかで、「母親が抗がん剤治療を行っているんですけれど、本当に効くんでしょうか?」などと質問されることがよくあります。非常に答えにくいのは、「平均的には」という話はできても、「絶対に」という話はできないから。だから「効くことになっているから、やっているんですよ」とお答えするようにしています。

 

 ただし、稀まれに“大当たり”することもありますし、何より、統計として出ている数値は過去の臨床試験で得られた結果。過去のデータなので、その平均にとらわれ過ぎるのも良くありません。

 

 そして、そもそも「延命」という言葉に対するイメージも、医者と多くの人では違います。

 

 医者にとっては、どんな医療も延命のための方法です。高血圧の人に血圧を下げる薬を出すのも、血圧を下げたほうが血管が守られて延命が期待できるから。糖尿病を治療するのも同じで、血糖が高い状態を放っておくと血管がもろくなって脳卒中や心筋梗塞を起こすリスクも高まるし、手足の神経に障害が起こることもある。それらを避け、延命するためにインスリンの注射を打ったり、血糖を下げる薬を使うわけです。

 

 抗がん剤も、完治はしなくても腫瘍を縮小する効果はあるということは、延命が期待できる。そういう意味では同じなのです。

 

 とはいっても、多くの人にとっては副作用のイメージがあまりにも強いため、他の医療と同じだなんて到底割り切れないのだと思いますが。

 

 副作用に対する不安な気持ちに“医療否定本”が味方

 

 完治をめざした治療なのか、延命をめざした治療なのかで食い違いがあるということのほか、もう一つ、医者と多くの人でズレていることがあります。

 

 それは、医者は延命効果ばかりに目を向けるけれど、多くの人にとっては副作用の問題が大きいということ。冒頭で紹介した『大病人』のシーンは、まさにそんな医者と多くの人のすれ違いを象徴しています。

 

 医者としては、少しでも延命の可能性があるのなら治療を行いたい。一分一秒でも「長く」生かすのが医者の務めだと、多くの医者は信じているからです。

 

 ところが、多くの人にとってみれば、髪がばっさり抜ける、まつ毛も眉毛も抜ける、味覚が変わる、手足がしびれる、けだるい……など、抗がん剤の副作用はどれも怖いし、ツライ。そして、その怖さ、ツラさをこれまでの医療は、ちゃんとフォローできていなかったのです。